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ネットには、嘘も多い

コンタクトマンのミツシュウラです

この記事は、気分転換に書いています!

ネットが浸透し始めた初期の頃に(2000年頃)、内心これはやばいなと思ったことがあります

学校の先生が授業の中で、テーマをネットで調べさせて、正解を探させたからです。

ネットにあることが全て正解とは限らないことも、ちゃんと教えないといけないのになと思いました。

ネットのない学生時代を過ごした我々は、情報を得るためには先生や大人に聞くか、本で調べるしか手立てはありませんでした。

しかしその過程では、いろんな人の意見も聞けたし、本などは一応編集されているわけですから、憶測や虚言なども今のようには混じっていませんでした。

子供達がネットからなんでも情報を取り出すことを覚えたら、嘘をそのまんま信じたり、自分で調べて人に聞いて、自らの正解をじっくりと考える子は少なくなるだろうなと思いました。

初期のネットはまだ沢山の情報はありませんでした。

しかし、携帯とSNSの普及によって、たくさんの情報が上がるようになりました。

しかし、情報の中には無駄なものや、不確かなものも沢山混じるようになりました。

その時に思った通り、ネット情報を疑わず、精査せず、盲信する人も増えています。

なんでもネットを見て、情報を得て、そのマネする時代。

確かに便利でもありますが、全てが正しいと思わない前提で情報を得ていかないと、ネット依存に拍車がかかります。

このことをわかりやすい例えで説明したいと思います。

***

例えばある食品が健康にいいとして聞いたとします。

それをまずネットで調べると、いくつかの情報が検索結果に出てきます

しかし、じっくり見ると、どこかで誰かが書いた文章をそのまんま引用して、そっくりそのまま書いていることが多いです。

〇〇という内容が書いてあったとしたら、このサイトにも、このサイトにも、同じ内容が書いており、引用していることがわかります。

その健康食品を試した人が、全員ネットに口コミ情報を書くわけではありません

試してよかった場合も、効果がなかった場合も、全員が書くことはないのです。

すると、誰かが書いた意見だけがネットに出回るので、あたかも主流意見のように普及して行きます。ポジテイブか、ネガティブか、数人の意見が出回ります。

みんな情報が欲しいから。

一部の人の意見だけが、あっちこっちに散見するので、いかにも同じ意見が多く出ている気になります。

これがネットを信用できるわけではないという、わかりやすい例えです。

現代人は何かを購入したり、何かをする場合に、失敗したくないからこそ、事前に口コミの情報を求めますが、そこに全てが書かれているわけではないということを、知っておくべきです。

しかし、書かれている情報を鵜呑みにしてしまい、それを参考にして判断する場合が多いと思います。

***

美味しいレストランがあったとしても、ネガティブな意見が書かれていたとしたら、それをも参考にしてしまいます。その意見を書いた人が、そういう性格の人なのかもわかりません。でも別な意見はネットに書かれてはいないので、一部の意見ですが、やはり影響を受けてしまいます。

ネットには、全ての人の意見が反映されているわけではありません

周りを見ても、ネットに意見を書いているような人は、それほど多くないと思います。

あるいはネットに書くときも、悪く思われないように書くか、あるいは匿名で憂さ晴らしに、自分の意見を書く人もいます。

見られているという意識が入るので、素直な意見をみんなが言えるわけではありません。

でも、みんなが同じ内容を見たら、そこからというものが出来上がり、空気が作られることも多いです。

筆者が個別に検索をかけて調べるときも、参考にならないことも沢山あります。(健康食品関係は特にそう)

先日書きましたが、Oリングにしても、今現在正しく使えている人は、世間には一人もいません。

それなのに、大勢の人たちがあたかもOリングに詳しい顔をして、素人の意見で世論を作ろうとしています。

だからネットって怖いなと、内心思っています。

***

伝言ゲームというのがあります。

人づてに伝わる過程で、最初の内容からかけ離れていくあの不思議なシステムです。

それも多分に実はあります。

筆者がネットに書いたり、講演会で話している内容を、誤って認識している人が大勢いました。たくさんのブログを見ているために、ゴッチャゴチャになっているのです。

そんなことは言っていませんよというと、やばい顔をして慌てる人もいます。

人ってよく間違うんだなと、思わされることも沢山あります。

記憶違いや勘違いをネットに書いているとしたら、それこそ伝言ゲームみたいに趣旨が間違って伝わるだろうなと思います。

***

例えば、美しい湖があったとします

その湖が綺麗な水なのか、それとも有害な水なのか

あったかいのか、冷たいのか。

湖に危険が潜んでいないか、安全なのか。

確かめなければならないから、調べる必要があります

いきなり飛び込んだら、危険な生き物がいて、死ぬこともあります

誰かが安全を調べ尽くすまでは、大勢の人は湖には近づかないでしょう

その代わりに、たくさんの人たちがいく湖の映像をネットで見たら、そこに自分も行きたくなると思います。そして、そこに行って大勢の人たちの中で、湖を楽しむのです。

大勢の人がいくからと行って、いい場所とは限りません。

人がいくから、そこにとりあえずいく人も多いですから。

もっといい湖で、もっと人が少ない場所もあります

でも、そこはたまたまネットに出ていないかもしれません

その場合には、ネットを見て大勢の人がいく場所に行くでしょう

人とのコミュニケーション力のある人ならば、美しい湖にめぐり会う可能性があります。

(あるいは自分で綺麗な湖を偶然に発見することも可能です。)

もちろん、ネットを見て調べた方が、逆にいい場合もあります。

知らない場所が出てくるからです。

だとしても、ネットに全ての情報があるわけではありません。

現実の世界とネットの世界は、イコールではないから。

まして、人と人がわかりあうのは

何度も何度も会って、対話した先だと思います

などと、ネットに書いておこう!(こらっ)

宇宙世界は今日も平和です

ミツシュウラでした

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