岡潔 個人の幸福はつまるところは動物性の満足にほかならない
<岡潔 数学を志す人に> より要約抜粋
打算も分別も入らない行為のさいに働いているもの、それが純粋直感である
昔からのいい方では真智といわれ智力と言っても良い。
たいていの人は
感覚、知性、情緒の順序で智力の光はさしこみ
上位ほどよくさしこみ、下には射しにくい
一番下の心の部分はもっともさしにくく、この智力がささないと存在感とか肯定感とかがあやふやになり、手近に見える外界や肉体は確かにあるが、こころなどというものはないとしか思えなくなる。
かようにして物質主義になるのである。
私欲の対象である金銭や権力が実在すると固執するだけなく、情緒とか宗教というおのを毛嫌いするのである。
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精神病患者は誰が見てもぼやーっとしている。これは外界に対する意識がそうであるので、感覚に真智の光がささないのだといえる。
こころに真智のささないもの、こころではかったら病人だというものは少なくとも6人に10人という妙な比率がでる
このさいぜひ言い添えておきたいことは、現在もっとも恐ろしいものは動物性であって、これは残忍性のウイルスの最もよい温床だという事実である
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動物性の侵入を食い止めようとおもえば、情緒をきれいにするのが何よりも大切で、それには他の心をよくくむように導き、いろんな美しい話を聞かせ、なつかしさその他の情操を養い、正義や羞恥のセンスを育てる必要がある
今の教育では個人の幸福が目標になっており、道義という肝心なものを教えないで手を抜いているのだから、まことに簡単にできる。犬をしこむように、主人に嫌われないための行儀と、食べていくための芸を仕込んでいるだけである。
しかし個人の幸福はつまるところは動物性の満足にほかならない。
生まれて60日目ぐらいに見る目と見える目の二つの目が備わるが、この見る目の主人公は本能である。
えてして人はこの本能を自分だと思い違いするのである。それでこの国のひとたちは、昔から多くの人たちが口々にこのことを戒めているのである。
私はこのくにに新しくきた人たちに聞きたい
「あなた方は、このくにの国民の一人一人がとりさりかねて困っているこの本能に、基本的人権とやらを与えようというのですか?」
私にはいまの教育が心配でならないのである。
(1963年 62歳)
長年人の相談を聞く仕事をしてきましたが、不安が強い人が大勢います。
岡博士の言われる、心にさしこむ真智の光の部分を読んで、ようやく腑に落ちたように思います。
心がみずみずしく澄んでいたら疑いの心生じることもなく、邪念もわかず、心底純粋に一途に信じる状態になるそうです
まさに赤ちゃんの状態です
心は外部からも、内部からも、汚染されます。それをまもるためにどうしたらいいのか、岡博士は本書の中でのべています
動物的な本能を排除し、人の由来である心を育み育てていくこと。
戦後、特に人心が荒れた時代を経て、ずっと保ってきた心と深い情緒が失われ、動物的で本能的な人が増えていくことを、岡博士は心配していたのです
自分を優先する意識(新しい世代)
他人を優先する意識(古き良き日本人)
意識の違いで、未来がわかれてくるのです
岡先生の残した予言は、現実味をおびてきていますが、一方で岡先生の話が通じる人たちも日本だからこそ大勢おり、良書が時代を超えて今も読まれているのです。
日本に2度の震災がおきたときに、助け合いの精神が日本中に満ちて、大勢の人たちが他者への慈愛と同情を示したことで、混乱する世界の中で秩序が保たれ、世界を驚かせ感動させたのも、まだまだ他者を尊重し、自分を律する秩序と協力愛を忘れていないからなのだと思います
ただ思い出したらいいし、本来持っている心の部分に還るだけなのかもしれません
しかし一方で大きな問題や不安となる点もたくさん存在しており、岡先生の心配されていた点は的をついて驚くばかりです
そしてその内容は、惑星連合の宇宙の人たちの話ともぴったりと合ってくるのです
次の記事で紹介します
宇宙世界はいつも平和です
みつしゅうらでした